スギタニです。

ある一定数の割合で「教え甲斐のない人」というのは確実に存在して、その人を相手にした仕事をしていると、こちらのモチベーションはおろか、全体的なスキルさえも目減りしているんじゃないだろうかと思うことさえあります。

たとえば会社勤めのように、多種多様な人と一緒に仕事をするのであれば我慢をしなくてはいけないというつらさがありますが、フリーランスであればある程度は仕事相手というのは選ぶことができます。

ただ、どんな相手もビジネスパートナーになると思い込んでしまっていると、知らず知らずのうちに「教え甲斐のない人」がクライアントにたくさん増えているという状況に陥ります。

さて、これはなにがそうさせるんでしょうね。

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来るもの拒んで去るもの追わず

フリーランスで駆け出すと、会社勤めのように決められた日に給与が振り込まれるわけではないですよね。

まあそもそも、給与が自動的に振り込まれると思っている時点で、フリーランスはおろか会社員としても老い先がしのばれるのは、あえてここでは何も言いません。

あなたがコンサルタントとして心から伝えたいと願う相手と一緒に仕事をしたいのなら、あなたが考えていることを文字に、音声に、動画にと形にし続けていくことだけなんですよね。

実はこれって、コンテンツをつくるということにも直結します。

そこで、知識のアウトプットという形でコンテンツをつくりつづけていくと、そのコンテンツを深く読み込んでいく相手はさらに知識を知りたいと感じるようになっていくわけです。

そこで、文字や音声、動画といったアウトプットの形に対価を得るようなしくみを乗せることで、単なるコンサルタントとしてだけではなく、コンテンツメイクのできる存在として知らしめることができれば、スキルの掛け算で相乗的にニーズを満たせるシーンにアプローチできるようになるんです。

そこまでいくとはじめて、「一緒に仕事をしたい相手」を選べるようになってきて、来るもの拒んで去るもの追わずが実現していきます。

労働集約型コンサルの短命性

コンテンツをつくれないとなると、労働集約型のビジネスモデルを継続していくことになりますね。

労働集約型の仕事をひとりでしていると、病気やケガになったらどうするの?っていう話です。

ここで、対価を設定したコンテンツを販売することができていれば、ある程度のインカムは見込めるようになるし、ひいてはそれがあなたのコンサルを受けたいと願う人へのプロモーションにもなるわけです。

無料のコンテンツって、中身がいくら価値があるものであっても、受け取る側にしてみれば「無料のもの」という印象でしか終わりませんからね。

労働集約型のコンサルタントで無料のコンテンツを大量生産だなんて、息切れもはやいのは明らかです。

コンテンツのアウトプットをしつづけると、それを読み込んでもっと知りたいという方こそが「教え甲斐のある人」、そういうことです。